生活日誌2019

 

更新日:2019/10/02



彼岸花巡り:9月は「彼岸花」の名所を巡った。インターネット検索や種々の観光情報を参考にして、比企地域における「彼岸花の名所」を市町村毎に一ヶ所選定させて貰った。鞍掛橋付近/東松山市、天神橋付近/川島町、さくら堤公園/吉見町、谷津の里/滑川町、歴史の里公園/嵐山町、ふれあいの里/ときがわ町、切通橋付近/小川町、槻川沿い/東秩父村、の8ヶ所である。谷津の里/滑川町には、日々の菜園生活を送っている「ふれあい農園」があり、レンタルしている区画の直近にある遊歩道(健康ロード)が彼岸花の名所になっている。「ふれあい農園」で野菜作りを始めて4年目になるが、直ぐ隣が、彼岸花の名所であったことにあらためて驚いた。「ふれあい農園」での開花状況から、「見頃は9月末」と判断し、他の名所についてもこの時期に訪問した。名所に限らず、至るところで、鮮やかに開花した彼岸花をみることが出来、グッドタイミングであった。

鞍掛橋付近/東松山

天神橋付近/川島町

さくら堤公園/吉見町

谷津の里/滑川町

歴史の里公園/嵐山町

ふれあいの里/ときがわ町

切通橋付近/小川町

槻川沿い(安戸)/東秩父村


白い彼岸花:滑川町福田地区のある農道を通った際に、個人宅の庭先に植えられている「白い彼岸花」に遭遇した。帰宅して調べたところ、この白い花は、「白花曼殊沙華」と呼ばれていること、「赤色の彼岸花」と「黄色の鐘馗水仙」の自然交雑種であること、おもに九州などの暖かい地域には自生していること、関東ではめったにみられないこと、などを知った。偶然にも撮影出来たのは、非常にラッキーであった。


ヒマワリ畑巡り:8月の「花の名所巡り」の対象を「ヒマワリ」とした。ただし、「ヒマワリは夏の花」と思い浮かぶが、開花時期とか名所とかについてはあまり知らなかった。なので、インターネット等で「比企地域のヒマワリ畑/名所」を検索し、東松山農林公園、川島町役場周辺、都幾川直売所(木の村物産館)周辺、嵐山町深谷嵐山線沿道の4ヶ所に当たりをつけ、当地に赴いた。ところが、都幾川については地元の方々(直売所の関係者、ときがわ町役場第二庁舎の職員)に尋ねても「ヒマワリ畑の所在」については「思い浮かばない」であった。また、嵐山町については、もともと「休耕地に植えてある」程度の情報しかなく、実際に深谷嵐山線をドライブしたが見つからなかった。東松山農林公園と川島町役場周辺の2カ所については、現状を把握することが出来た。来年のベストな時期に再訪したい。

農林公園:農林公園は、改修工事が完了し、8月1日にリニューアルオープンしたばかりである。「ヒマワリ畑」は、新設された「丘の上のカフェ」から眺められる絶好の場所にある。ただし、訪問した8月初旬には、蕾以前の状態であり、一輪も咲いていなかった。畑の除草作業をしていた年配の方に、「大工事の直後でもあり、開花時期は予想できない」との説明を受けた。

川島町役場:町役場に隣接する「平成の森公園」の入口に相当する「さくら通り」に沿って咲いていた。ただし、訪問時期(8月初旬)が遅すぎたため、残念ながら、既に枯れ始めていた。平成の森公園には数回訪問しているが、入口に相当する場所に、比較的規模の大きい「ヒマワリ畑」があったことに驚いた。


農林公園(再訪): ヒマワリの開花状況が気になったので、8月中旬に農林公園を再訪したが、開花したヒマワリは未だわずかであった。今年は、「満開のヒマワリ畑」を期待するのは無理かな(?)と思っていたところ、偶然にも、市職員(?)の方にお会いする機会に恵まれ、「9月1日(日)に、ひまわり迷路フェスティバルを開催する。残り10日弱であるが、多くのヒマワリが開花することを願っている。」と説明してくれた。9月1日の再再訪時には、ビッシリと咲き誇っており、予想以上の見事さであった。ヒマワリ畑に隣接する「ピラミッド形状の大型遊具」には、大勢の子供達が群がり遊んでいた。「丘の上のカフェ」では、おばちゃん達が、地元の新鮮野菜を販売していた。記念に、長ネギとニンジンを買って帰宅した。


花の名所巡り:7月は、3月~6月に引き続き、花の名所巡りを敢行した。訪問先には、嵐山町の「千年の苑ラベンダー園」、川島町の「平成の森公園/古代ハス」、嵐山町の「史跡の博物館/ヤマユリ」の3ヶ所に決めた。これらの名所は、自宅(東松山市内)から車で30分以内の近距離にあるが、この時期の訪問は初めてであった。「千年の苑ラベンダー園」は、嵐山町に誕生した日本最大級のラベンダー園で、今年から「ラベンダーまつり」が開催されている。「平成の森公園」については、5月の「バラの小径」、6月の「ショウブ園」に続く、3ヶ月連続の訪問であった。県立「嵐山史跡の博物館」は、鎌倉時代の武蔵武士・畠山重忠が居住していたといわれる国指定史跡・菅谷館跡のなかにある博物館であるが、現在では希少な「ヤマユリの自生地」でもある。

千年の苑ラベンダー園:園内には、約8ヘクタールの敷地に約5万株が咲き誇っており、今秋にはさらなる植付けが計画されている。「第1回ラベンダーまつり」が、6月8日(土)から7月7日(日)の期間に開催された。6月最後の週末に訪問したが、入園するなり、予想以上の広さに圧倒された。当日は雨模様であったが、大勢の訪問客で賑わっていた。園内散策に加えて、ラベンダー狩り、イヴェント会場での飲食、なども楽しんでいた。

平成の森公園:古代ハスが生育する「修景池」は、平成の森公園のシンボルである「水と時の広場」と一体となり、水辺の景観と広がりを演出している(公園のパンフレット)。7月初旬の訪問時には、水辺や浅瀬で開花がようやく始まった頃であったので、7月中旬に再訪することにした。再訪時には、満開とは云えなかったが、蕾状態のハスと開花したハスとが混在して池の全面を覆っており、十分に見応えがあった。なお、「修景池」には魚が棲んでいるらしく、「年配の方が、水辺でのんびりと糸を垂れていた」のが印象に残っている。

史跡の博物館:国指定史跡「菅谷館跡」の中にはヤマユリが自生しており、毎年7月になると500輪以上の花が咲くとのこと。713日(土)に開催された「館跡自然観察会:ヤマユリと夏の植物」に参加したが、生育が例年より遅いとのことで、開花したヤマユリは数本程度であった。専門の学芸員の方による「近年は、ヤマユリに適した明るい山林が減少しているため、ヤマユリの自生地が激減している。近畿地方では絶滅危惧種に近づいている」との説明に驚いた。7月下旬に再訪したが、予想通りに見頃であった。


ハナショウブ巡り: 6月のテーマは「ハナショウブ巡り」とした。訪問先は、「ときがわ町の花菖蒲園」と「川島町の平成の森公園・ショウブ園」の2ヶ所で、ともに、自宅(東松山)から車で20数分の距離にある。ちなみに、アヤメ、ハナショウブ、カキツバタの3つは、ともに「アヤメ科アヤメ属」に属しており、これらの違いの1つのポイントは咲く場所で、アヤメは畑のような乾燥地での栽培に適し、カキツバタは水辺などの湿地帯に適し、ハナショウブはその中間で畑地でも湿地でも栽培できる。アヤメの漢字表記は「菖蒲(あやめ)」であり、ショウブの漢字表記である「菖蒲(しょうぶ)」と同じである。また、坂戸発着の日帰りバスツアーを利用して、「水郷潮来あやめ園」と「水郷佐原あやめパーク」で開催されていた「あやめ祭り」にも参加した。

ときがわ花菖蒲まつり:6月2日(日)は第17回ときがわ花菖蒲まつりであった。開花状況は「未だ咲き始め」ではあったが、大勢の訪問客で賑わっていた。会場内には「浴衣を着たアシスタント」が数人おり、オジサン軍団の要望に応じて、写真モデルの役目を果たしていた。午前中には、半被姿の小学生低学年の子供達が、太鼓打奏を披露してくれた。この花菖蒲園は、住民の「花つくりグループ」が、町おこし・地域活性化のためにと、遊休農地10,000㎡に8,000株以上の花菖蒲を植え付けたのが始まりとのことである。

平成の森公園・ショウブ園: 5月中旬の「バラのトンネル(小径)」観賞に引き続き、6月5日(水)に平成の森公園を再訪した。今回のお目当ては、川島町の「町の花」であるハナショウブである。「ショウブ園」には、江戸ハナショウブ、伊勢ハナショウブ、肥後ハナショウブの3系統が約2,600株栽培されているとのこと。園内には八ツ橋がめぐらされ、園内を自由に散策することが出来る。訪問時が満開のピークであり、多様なハナショウブがところ狭しと咲き乱れていた。


アジサイ巡り:6月は、「ハナショウブ巡り」に続き、「アジサイ巡り」も行った。アジサイは多くの個人宅にも植えられており、梅雨時には、いたるところに咲いている。小生の庭にも1株ある。ただし、「アジサイの名所」となると不案内であったので、インターネットや観光パンフレットなどで候補地を調べた結果、今年は、東松山市内の「岩殿観音」、「東松山ぼたん園」と「柏崎緑地」の3ヶ所を訪問することにした。

 岩殿観音:坂東札所10番の岩殿観音(正法寺)はイチョウとアジサイでも有名であり、アジサイは6月中旬が見頃である。仁王門からの参道石段の両側等に、色とりどりのガクアジサイ・ヤマアジサイが植えられている。東松山観光協会が、平成五年度事業で植栽したとのこと。

東松山ぼたん園:ぼたん園には、ぼたん以外にも、アジサイ、モミジ、ローバイ、ツツジなどの花を楽しめる植物が植栽されている。アジサイは6月上旬~7月上旬が見頃で、園内の東側に専用の区画がある。「多種多様なアジサイが、園内の片隅で、身を寄せ合ってひっそりと咲いている」様子は非常に可憐であった。また、園内西側の散策路沿いに植栽されている夏椿(木)が、ほぼ満開で、やや小振りの白い花をビッシリ付けていた。

柏崎緑地:東松山市民文化センターと東松山保育所に近い柏崎西端にあり、丘陵地に残された斜面林を活かして作られた憩いの場である。梅雨の時期には、五領町の住宅街との境界にある土手沿い(徒歩100程度の距離)に植栽されているアジサイを堪能することが出来る。7月初旬に訪問したが、多種多様なアジサイが、鮮やかな色彩を残して咲いていた。土手中央の斜面に階段があり、登ってみたが、斜面林内の遊歩道に続いているだけで、アジサイなどは咲いていなかった。


令和初の曙:「令和最初の日の出」を拝むため、令和初日(5月1日)の早朝に物見山公園(東松山)に登った。ただし、当日は全国的に雨模様であり、日の出を拝むことは期待薄ではあった。ところが、日の出時刻(4時50分頃)になると、霧雨も止み、地平線との雲間に、「ほんのりと明るい曙」が顔を出し始めた。5月初旬の物見山公園はツツジの見頃であり、山腹に咲き誇っているツツジが、「水平に広がる曙」を鮮やかに浮き上がらせた。今年は、「平成最後の初日の出(1月1日)」にも参拝しており、「令和初の曙」参拝と合わせて2冠達成である。なお、天気予報「午前中は雨」のためか、当日早朝の参拝者は、唯一人であった。


ツツジ巡り:「3月は梅巡り」、「4月は桜巡り」、「5月はツツジ巡り」とした。物見山公園(東松山):地元の公園で、自宅からは、車で30分程度の近距離にある。物見山の頂上は平坦になっており、四方を見渡せる「あずまや」が建っている。4万本規模のツツジが頂上と山腹に咲き誇っており、麓から山頂まで、散策しながら観賞できるようになっている。散策路は複数あり、散策路ごとに趣の異なったツツジの景色を楽しめる。

 

五大尊つつじ公園(越生黒岩):五大尊つつじ公園のツツジは、三百数十年前の享保年間に五大尊堂の寺僧が植えたのが始まりと云われている。山腹には、10種類、約10,000株のツツジが咲き誇り、関東屈指のツツジの名所となっている。月例市民ウオーキング松山支部の5月例会が、「越生五大尊つつじ公園コース(約7km)」であったので、この好機に便乗させて頂き、写真撮影をしながら公園内を散策した。見頃のピークが過ぎていたのが、残念ではあった。ちなみに、五大尊の由来は、本堂に五大明王像(不動明王、降三世、大威徳、軍茶利、金剛夜叉)が祀られていることによる。


 バラの小径散策(平成の森公園/川島町):比企地方の東南部に位置する川島町では、昭和63年に国が提唱した「ふるさと創生事業」の実施にあたり、広く住民からアイディアを募集した結果、「公共施設が集中しているコミュニティセンター周辺と一体化した川島町の核となる独自性のある公園」を建設することに決定したとのこと。平成の森公園と名付けられ、総面積は約8.4haで、1周は約1kmとされている。毎年5月中旬から6月上旬がバラの見頃とのことなので、バラ観賞に出向いた。東松山の自宅からは、車で20数分程度の近距離にある。冒頭の写真は、公園のシンボルとなっている時の塔である。バラ園の中心部にはバラの小径と名付けられた「バラのトンネル」がある。全長約340mで、「日本一長いバラのトンネル」と認定されているとのこと。トンネル内を進んでいくと、多様なバラと色彩の変化を楽しむことが出来る。バラの小径を囲む遊歩道との間にも色鮮やかな多様なバラが植えられている。当日(5月20日)は平日であったが、公園駐車場はほぼ満杯であり、多くの散策客で賑わっていた。芝生と立木が綺麗に手入れされた、広々とした解放感のある公園であった。6月上旬には町のシンボルであるハナショウブが咲き誇り、夏には古代ハスを見ることが出来るとのこと。


東松山桜巡り:市内の桜巡りを思い立った。しかしながら、桜の名所については不案内であったため、東松山市HP、観光協会HP、インターネット情報などを調べた。その結果、市内全域を4地区(「松山地区」、「大岡・平野地区」、「高坂・高坂丘陵地区」及び「野本・唐子地区」)に分け、地区毎に代表的な4ヶ所を選ぶことにした。見頃時の短期間で、市内を縦横に巡ったので結構忙しかった。「野本さくらの里」は、平成25年度に植樹されたばかりの若い桜並木であり、都幾川リバーサイドパークの対岸旧堤防敷(約1km)にある。「上沼公園」と「下沼公園」では、第15回「東松山夢灯路」が開催されていた。なお、川越発の日帰りバスツアー「都内の桜名所巡り」にも参加したが、各所とも国際色豊かな花見客で大賑わいであった。目黒川では、両岸の歩行路が、通勤満員電車のごとく、花見客で大渋滞していた。

上沼公園

農林公園

物見山公園

野本さくらの里

下沼公園

クラフトビール醸造所

千年谷公園

不動沼

小松原町市野川堤

滑川下橋付近

松風公園

浄光寺

岩鼻運動公園

滑川北中沿い

桜山通り

唐子神社



越生梅林の梅まつり:越生町(埼玉県入間郡)の梅は、南北朝時代の1350年に、九州太宰府天満宮から小杉天満宮(現梅園神社)を分祀した際に、梅を植えたのが起源であるとのこと。一帯には2万5千本の梅が栽培されており、その中にある「梅まつりが開催される約2haの土地」が「越生梅林」である。園内には1,000本ほどの梅が植えられており、水戸偕楽園、熱海梅林と共に「関東三大梅林」と云われている。自宅(東松山市)からは、車で30分程度の距離にある。「梅まつり」は、毎年、2月中旬から3月中旬にかけて開催されている。白梅、紅梅、ピンク梅、黄梅、しだれ梅、等々が混在して植えられている。樹齢200年以上の古木が100本ほどあるそうで、その中の名木「魁雪」は、南北朝時代の梅(越生野梅)が現在まで生き永らえたものとのこと。この名木は、「樹齢650年」にも拘わらず、やや小振りの白い花弁をビッシリつけていた。夫婦随伴の方々、グループの方々、写真撮影する方々、犬を連れている方々、等々、大勢の方々が梅を観賞しながらゆったりと散策していた。 


箭弓稲荷神社の節分祭:2月の季節行事と云えば「節分/豆撒き;福は内、鬼は外、福豆拾い」が真っ先に思い浮かぶが、実物を見たことがなかったので、地元神社の「節分祭」に出向いて見物することにした。 箭弓稲荷神社は、自宅から徒歩15分程度の近距離にある。「豆撒きステージ」は神殿の正面脇に設置され、大勢の参詣客が押しかけていた。ステージ上から豆撒きを行うのは、事前に、「お祓い」を受けた方々である。地元から選ばれた福男福女も参加しているとのこと。午後4時からは、「子供も参加した豆撒き/子供豆撒き」も行われた。壇上の方々は、子供達も含めて、みな、裃の正装を纏っていた。

 鬼鎮神社の節分祭:鬼鎮神社は、「菅谷城/嵐山町」の「鬼門除けの守護神として建立された」とのこと。鬼を祀る神社としては、関東唯一とのことで、豆撒きの掛け声も「福は内、鬼は内、悪魔は外」と非常にユニークである。節分祭は、箭弓稲荷神社(東松山)と同日の2月3日に執り行われた。鳥居をくぐり参道を歩いていくと、正面に、赤鬼と青鬼が描かれた木額に出会う。さらに上を見上げてみると、屋根瓦が「鬼の面」になっている。赤鬼青鬼が、神主さんに先導されて登場することから、節分祭が始まった。赤鬼青鬼と地元のVIPがステージ上に揃う午後3時頃になると、境内が参詣客で埋め尽くされた。熱気がすごかった。「赤鬼青鬼による豆撒き」を見届けた後に、箭弓神社での「子供豆撒き(午後4時に開始予定)」駆け付けた。鬼鎮神社と箭弓神社は、車で20分程度の距離にある。


新年初日の出:早朝6時頃に物見山(岩殿/高坂)に登り、生涯初めて、「初日の出」を拝んだ。「物見山」は比企丘陵の最高峰で、周りには、「岩殿観音正法寺」という名刹、埼玉県こども動物自然公園、埼玉平和資料館、大東文化大学、などがある。「物見山」の山名は、「坂上田村麻呂が東征のとき、この山に登り、四方を眺めた」ことに由来するとされている。日の出の時刻になると、天空が、『ほのかな茜色』に染まり始め、太陽が地平線から顔を出し始めると、『燃えるような茜色』に遷って行った。さらに、太陽が高く登るにつれて、徐々に明るく晴れ渡っていった。素晴らしい色彩の移り変わりであった。

  


元旦初詣:初日の出を拝んだ後、初詣でのため、地元の神社に直行した。箭弓稲荷神社は、比企地方では厚く信仰されており、創建1300年の由緒ある神社である。例年通り、神様にお祈りし、おみくじを引いた。お祈りが慎ましかったせいか、おみくじは「小吉」であった。「家内安全」と「交通安全」のお守りを買って帰宅した。家族は、別の日に参拝するのが常である。午後には長女の一家が来訪し、年末から帰郷している次女を含めて、立藏家全員が揃う。新年の初集いである。

 


 箭弓稲荷神社の奉納出初め式:恒例行事の「奉納出初め式」が、成人の日(今年は1月14日)午後2時から行われた。「比企鳶土木工業会・比企鳶消防記念会」の篤志の方々の奉納であった。実演を見学するのは初めての経験であった。多数の観客が見守る中、見事な技が繰り出される毎に、大きな拍手と声援が沸きあがっていた。親方の「甚句」も、良く通る澄んだ声で、素晴らしかった。「『江戸火消し』の伝統を受け継ぐ『梯子のり』であり、昨年末から訓練を行ってきた」との説明があった。