生活日誌2020

 

 



堂平山(ときがわ町):堂平山は、ときがわ町、東秩父村、小川町の境界にある標高876mの山である。北の笠山、北西の大霧山と並んで比企三山に数えられている。1962年に国立天文台の堂平観測所が設置されたが、2000年に閉鎖。その後しばらく観測施設は利用されていなかったが、2005年より「星と緑の創造センター」として開所。直下のキャンプ場、林業体験施設と合わせて教育学習・体験交流施設として利用されている(出典:Wikipedia)。堂平山・白石峠は、比企地域の北西から南東に向かって流れる都幾川と槻川の水源・源流であり、東秩父村、小川町、ときがわ町、嵐山町における数多くの自然・観光スポットの源である。堂平山に行くには、終点が「白石峠」である県道172号線(大野東松山線)を利用するが好適である。白石峠からは、堂平山行きの町道(山道)がある。堂平山山頂はなだらかで全方位に開けていたが、当日は曇天であったため、見晴らしは非常に悪かった。残念であった。なお、白石峠の手前には、「スカイパーク・パラグライダスクール」があった。また、堂平山にいく町道の途中には「剣ヶ峰駐車場」があり、東松山方面を見晴らすことが出来た。

眺望(東松山方面)

堂平山山頂

眺望(飯能方面)

剣ヶ峰駐車場からの眺望

眺望(秩父方面)

白石峠

眺望(寄居方面)

スカイパーク



嵐山渓谷(嵐山町):嵐山渓谷は、岩畳・槻川の清流・周囲の木々が織り成す見事な景観と豊かな自然を持った埼玉県を代表する景勝地で、埼玉県内10位の人気を誇る紅葉スポットである。渓谷を形作っている地形の大部分は、結晶片岩という薄く剥がれやすい岩石で出来ている。自然が豊かなので、様々な植物が観られる。また、変化に富んだ地形、豊富な水、豊かな植物となれば、当然、鳥や昆虫などのたくさんの動物も見られる。槻川は、外秩父山地の堂平山中にある自然林に端を発し、東秩父の山間を抜け、小川町を経て嵐山町の遠山地区に流れ込む。ここで、岩場によって流路を狭められ、都幾川と合流する二瀬橋までが渓谷になっている。槻川橋より眺めた渓谷と周囲の木々の美しい景観が、京都の「嵐山(あらしやま)」によく似ていることから「武蔵国の嵐山」と命名された。なお、嵐山渓谷一帯は、さいたま緑のトラスト基金と嵐山町で買収し、緑のトラスト保全第3号地として整備、管理されている。(出典:嵐山町HP)


槻川上流砂防堰設備(東秩父村):槻川(つきがわ)は延長25Km、流域面積86km2の荒川水系の一級河川。東秩父村の白石峠付近を源流として、東秩父村、小川町、ときがわ町を流れ、最後は嵐山町で都幾川と合流する。槻川には沢や渓流などが数多く合流し、河床勾配は急で、頻繁に蛇行を繰り返しているため、上流域は「砂防特別地区」に指定されている。今回の訪問では、県道11号線(熊谷小川秩父線)に沿って、「白石キャンプ村付近~ヤマメの里親水公園」の上流域を辿ったが、至る所に砂防構造が観られた。槻川の中流域では、東秩父村から小川町にかけて手漉き和紙(細川紙)の生産が盛んだった。この伝統産業を支えたのは、槻川の清流である。なお、県道11号線は、熊谷市から嵐山町、小川町、東秩父村を経て新定峰峠を越え、秩父市へ通じる延長約48Kmの埼玉県で最も長い県道である。

槻川上流

白石橋付近

桂木橋付近

不動橋付近

萩殿橋付近

八重蔵付近

白萩橋付近

ヤマメの里公園付近



館川砂防ダム(小川町腰越):館川(たてかわ)は延長約2.1km、流域面積8.8km2の荒川水系の一級河川である。碑原峠(ときがわ町大野と小川町腰越の境)付近に源流があり、北東に向かって流れ、腰越字小貝戸で槻川の右岸へ合流する。館川は砂防指定河川であり、昭和58年(1983年)に、最上流に館川砂防ダム(重力式コンクリートダム)が建設された。砂防ダムとしてはかなりの規模であり、副ダムが併設されているのが特徴的である。なお、砂防ダム上流への通路が通行止めになっていたので、残念ながら、ダム湖などは観ることは出来なかった。今回の訪問では、ときがわ町大野~碑原峠~砂防ダム~切通橋(小川町腰越)の北上コースを辿った。なお、切通橋付近は、彼岸花の名所として有名である。。

館川砂防ダム

碑原峠

ダムの上流

ダムの下流



三波渓谷(ときがわ町):三波渓谷は、都幾川の両岸が狭まり岸壁が続くダイナミックな渓谷・景勝地である。中流域の別所橋から越瀬橋付近にある。この渓谷は「御荷鉾緑色岩」(みかぶりょくしょくがん)と呼ばれる緑色をした岩石からできており、緑色の庭石「三波石」の産地として有名な三波川(群馬県藤岡市)に因んでこの渓谷の名がつけらている。三波渓谷には、川の流れが合流する「どあい」、川の中ほどに長く横たわる「よこまくら」、明治の初めに作られた堰の「かまぶち」などといった名前がつけられている。県道172号線(大野東松山線)沿いに無料駐車場(三波渓谷入口)がある。都幾川右岸(駐車場側)には、渓谷に降りる小さな入口・階段が、下流方向に間隔を置いて3ヶ所あった。また、反対岸(都幾川左岸)にある「都幾川四季彩館」の遊歩道からも渓谷に降りることができる。右岸(左岸)から左岸(右岸)には、歩いて(靴を脱いで)渡ることも出来る。浅瀬で、流れも緩やかなので、子供達の絶好の水遊び場になっている。



濃緑散策/七重川砂防堰堤群(ときがわ町大野):都幾川上流部は急傾斜地が多く、大雨の度に大量の土砂が削られ、下流に流失していた。特に関東全域を襲った明治43年の大豪雨は、県西部に甚大な土砂被害をもたらし、これを契機として、大正4年、国は都幾川を含む3渓流を県内初の砂防指定地とした。その翌年(大正5年)、埼玉県は都幾川支流の七重川で県内最初の砂防工事に着手した。自然石を積み上げられて造られた階段状の堰堤が続く景観は「百段の滝」とも呼ばれている。当時は重機やトラックもなく、全ては人力で行われ、石材は現地調達だった(出典:独立行政法人水資源機構HP)。また、「近接・隣接した堰堤からなる流路工で大正・昭和初期の砂防工法を遺す」ということから、社団法人土木学会により、平成19年に「選奨土木遺産」に認定されている(出典:埼玉県HP)。七重川砂防堰堤群は、「大野特産物販売所」の近くにあり、県道172号線(大野東松山線)を利用すれば、自宅から45分程度のドライブ距離である。七重川に沿った車道(県道172号線の支線)を登っていくと、砂防堰堤群を観ることができた。最上流には、自然石による多段(6段or 7段?)の美しい砂防堰堤があり、道路橋(名称不明)に立つと、正面から景観することが出来た。また、中流域には、やや大型の砂防堰堤があり、直近下の滝とで多段の砂防堰堤を構成していた。なお、七重橋の東端には、「埼玉県砂防発祥地」の記念碑と「選奨土木遺産」の記念碑が建っていた。訪問当日は快晴であり、清流のせせらぎも快く、清々しい探索をすることが出来た。最後に、特産物直売所に寄って、「秩父名産くるみ生そば」を買って帰った。

砂防堰堤(上流)

砂防堰堤(上流)

砂防堰堤(中流域)

砂防堰堤(中流域)

七重橋付近(下流)

砂防発祥地の記念碑

選奨土木遺産の記念碑

大野特産物販売所



深緑散策/雀川砂防ダム公園(ときがわ町):雀川砂防ダムは、昭和63年度に完成した重力式砂防ダムであり、ときがわ町の北部をながれる雀川の上流にある。東松山市の自宅からは、ドライブで30分~40分程度の距離である。雀川砂防ダム公園(平成3年開園)は、砂防ダム周辺の自然保護を目的としており、「玉川村制施行百周年事業」として整備された「玉川村で最初の公園」である。緑濃い山々に囲まれた自然豊かで綺麗に整備された公園である。公園内の随所にアジサイが植樹され、「アジサイの名所」として知られている。公園内にある石碑には、「玉川村商工会婦人部が計画した。平成3年に植樹を開始し、以降毎年植え続け、おおよそ二千本になった」と記載されている。公園は、ダム下流部(お花見イヴェント広場)、ダム上流部(渓流広場)、およびダムサイト(展望広場)に3区分され、道路・散策路で結ばれている。アジサイは、ダム下流部の両岸、ダム上流部の両岸、道路・散策路の両側に植樹されている。6月中旬の訪問時には、場所により、開花状況が異なっていた。雀川砂防ダム公園は、アジサイの季節以外にも、ツツジの季節、新緑の季節等でも、絶好の散策スポットであろう。



新緑散策/市民の森(東松山市)・石坂の森(鳩山町):4月下旬の訪問は限定的(市民の森への導入部のみ)であったため、後日再訪問し、公園全体を巡ってみた。「市民の森(東松山市)」は「石坂の森(鳩山町)」と、隣接・一体化している。東松山市周辺には、標高100m前後の比企丘陵が広がっているが、最近では、住宅地やゴルフ場の開発が進み、昔ながらの里山は少なくなっている。そんな東松山市内の里山の中でも、最大級かつ最も美しいとされているのが「市民の森」である。面積32ヘクタールの広大な自然林で、武蔵野の雑木林を保全すること、散策・憩いの場を提供することを目的としている。散策しやすいように自然林の中には、園路や東屋が設置されている。今回の訪問においては、外周ルート(市民の森駐車場~東側園路~休憩所・東屋~見晴らし台~西側園路∼活動広場~東の沢~東の尾根道)と中の尾根道ルート(石坂の森駐車場~コナラの森~クヌギの森~照葉樹の森~見晴らしの丘~ふじみの丘、南の尾根道)に分けて散策した。「月例市民ウオーキング:市民の森コース」が新型コロナウイルス対策のため中止となったため、単独ウオーキングを敢行したのであるが、起伏・変化に富んだ園路、豊かな新緑、マイナスイオン、等々、天候にも恵まれた清々しい散策であった。

散策マップ

東側の園路

休憩所・東屋

見晴らし台

西側の園路

活動広場

東の沢

東の尾根道

中の尾根道(南端)

コナラの森

クヌギの森

照葉樹の森

見晴らしの丘

富士見の丘

中の尾根道(北端)

南の尾根道



鎌倉街道/笛吹峠:中世に比企地方が光彩を放ったのは、当時の幹線道路である鎌倉街道の存在が大きい。この道は比企郡内を南北に貫通していて、南下すれば鎌倉、北上すれば信州または越後へ達することが出来た。笛吹峠は、鳩山町と嵐山町の境界に位置し、鎌倉街道のなかでは唯一の峠である。新田義貞の子・義宗と足利尊氏との間でいくたびか刃が交えられた武蔵野合戦の決戦地としても有名である。なお、この峠を起点として、坂東10番の岩殿観音から坂東9番の慈光寺へ続く東西の道も通っており、巡礼街道と呼ばれている。岩殿観音方面の林道は、「市民の森/石坂の森」に繋がっている。

笛吹峠(鳩山側)

笛吹峠(鳩山側)

笛吹峠(嵐山側)

東屋

道標

史蹟

巡礼街道(岩殿観音方面林道)

巡礼街道(慈光寺方面林道)



都幾川桜堤/嵐山町:比企地方においては3月下旬から4月上旬が桜の見頃であり、「桜の名所・見所」が多くある。例えば、昨年は、東松山市内を4地区(松山地区、大岡・平野地区、高坂・高坂丘陵地区、野本・唐子地区)に分けて、地区毎に4ヶ所の見所を巡った(総数16ヶ所)。本年は、嵐山町の「都幾川桜堤」を訪問した。都幾川桜堤は、都幾川右岸(八幡橋~学校橋)およそ2kmに渡り、約250本のソメイヨシノが弓なりに連なった桜並木である。埼玉県内でも人気上位の(比企地方においては1,2位を争う)お花見スポットになっている。「嵐山さくらまつり」の期間中(3/21∼4/5)に開催予定であった「鎌形流鏑馬の奉納」を観覧するのが目的であった。しかしながら、新型コロナウイルスの影響で、「さくらまつり」そのものが中止になってしまった。各種のイヴェントは中止され、花見宴会などは自粛されていたが、花見客は少なくなく、桜堤上をゆっくりと散策しながら桜を観賞していた。桜堤下流の「学校橋」ふもとに咲き誇る「菜の花畑」も見事であった。

都幾川桜堤

八幡橋付近

二瀬橋付近

学校橋付近



東松山市内マイクロツーリング:4月下旬から5月上旬にかけては、ツツジの名所(物見山公園/岩殿)、ぼたんの名所(ぼたん園/野田、箭弓神社/箭弓町)で、それぞれに特徴のある「花祭り」が開催される。しかしながら、本年は「新型コロナウイルス」の影響(不急の外出自粛)を受けて、全てが開催中止となった。ただし、「これらの花木が見頃を迎えている」ことには変わりはなく、いずれも自宅(美土里町)から30分程度のドライブ距離にあることから、これらの名所を結ぶ「マイクロツーズリム」を敢行した。物見山公園に隣接する市民の森(岩殿)にも足を延ばした。

物見山公園:春になると標高135mの物見山には、約4万本のツツジが咲き誇る。「ツツジ祭り」の開催は中止されたが、訪問客は、節度を守り、ゆったりとツツジを観賞していた。 

ぼたん園:市の花「ぼたん」の普及活動の一環として平成2年に開園した。現在は、約6,500株を誇る日本最大級の規模となっている。本年は入園できなかったため、フェンス越に撮影した。

箭弓神社:境内のツツジ/フジの花・松は、東上線坂戸-東松山線の開通を記念して、東武鉄道の初代社長が奉納したものである。境内の「藤の樹“(ながらえ)”」の樹齢は250年以上と云われている。

市民の森:比企丘陵に広がる東西800m、南北600mの市民の里山である。変化の富んだ散策路があり、東松山市内では最大級の里山である。この時期においては、新緑が素晴らしかった。



市内のカタクリ巡り:3月の花として「カタクリ」を選んだ。比企地方では小川町の「カタクリの里」と「西光寺のカタクリ」が有名のようであるが、本年は、地元東松山の2ヶ所を訪問先に選んだ。一方は、西本宿にある「カタクリの群生地(市指定の天然記念物)」であり、ふるさと自然のみち「中通公園・カタクリコース」の県道高坂上唐子線沿いにある。天然記念物に指定されているだけに、多数のカタクリが密集して咲いていた。他方は、大谷瓦窯跡(国指定文化財)の東南斜面に生えている「カタクリの自生地」である。ふるさと自然のみち「大谷瓦窯跡・ぼたん園コース」上にあり、県道福田吹上線の交差点「瓦窯跡入口」からアクセスできる。瓦窯跡の正面右側斜面の「ロープに囲まれた領域」に「幾株のカタクリ」が可憐に咲いていた。3月中旬(3/19)に訪問したが、西本宿と大谷瓦窯跡のカタクリはほぼ同種のようであり、ともに、「薄紫色の花が、日陰の丘陵斜面にひっそりと咲いていた」。

西本宿のカタクリ群生地

大谷瓦窯跡のカタクリ自生地


ロウバイ巡り: 2月を代表する地元の花鳥風月として、「ロウバイ(蝋梅)」を選んだ。埼玉県の北西部には「宝登山/長瀞町」、「ふれあい牧場/東秩父村」、「くぬぎの七曲/ときがわ町」などの名所があるが、本年は、東松山市内の見所を巡ることにした。しかしながら、「ロウバイ」は地元ではメジャーではないらしく、訪問先の選定には時間を要したが、種々の観光情報やインターネット情報などを検索した結果、「ボタン園/野田」と「光福寺/大岡」の2ヶ所が有名であることが分かった。訪問した1月下旬から2月中旬には、地味ながらも、可憐な黄花を咲かせていた。

ボタン園/野田:園内の子供遊園地は、かつては、100本超が植えられていた「ロウバイの名所」であったとのこと。現在では、遊園地の西側散策路に沿って移設されており、70本程度の並木となっている。1月下旬の訪問時には、陽当たりの良い数ヶ所で、見頃になっていた。週末には、遊具・芝生で、子供が遊んでいた。

光福寺/大岡: 東松山ウオーキングトレイル「大谷伝説の里コース」沿いにある。鎌倉時代末期の創建で、「国宝印塔」で有名な古刹である。正門付近と境内に数株のロウバイ、および、国宝印塔に至る西側側路には20数株のロウバイ並木がある。1月下旬には2分咲き程度であったが、再訪した2月中旬には見頃となっていた。



初日の出:東松山岩殿にある物見山は比企丘陵の最高峰であり、昨年は、「平成最後の初日の出(2019/1/1)」と「令和最初の曙(2019/5/1)」を同山山頂で迎えた。令和初日(5/1)は全国的に雨模様ではあったが、小雨ふる物見山山頂に一人佇んでいると、突然に「水平に広がった曙」が雲の切れ間から現れた。「日の出参拝は無理かな」と諦めかけていた時であったので、鮮明に記憶している。本年も物見山に登頂し、山頂に集まった参拝客百数十名と一緒に、「令和最初の初日の出(2020/1/1)」を迎えた。昨年の「平成最後の初日の出」と「令和最初の曙」と合わせて「3連覇(?)」達成である。その後、物見山から、川島町の白鳥飛来の地に直行した。白鳥飛来の地は、坂戸市との境界を流れる越辺川沿いの川島町南戸守にあり、物見山がある東松山岩殿とは県道212号線(岩殿観音南戸守線)で直結している。物見山からは15分程度のドライブ距離にある。川面に佇む「白鳥の一群」に遇いに行ったのであるが、到着時刻が7時45分頃と遅かったため、餌探しのために飛び立ってしまった後であった。しかし、朝日に照らされた茜色の上空を飛行する何組かの「白鳥の隊列」を観ることが出来た。

物見山山頂/東松山岩殿

白鳥飛来地/川島町南戸守


初詣/市内寺社巡り:「初日の出参拝」の後は、恒例の元旦初詣(箭弓稲荷神社)である。古札返納、祈願w/お賽銭、御神籤占い、および、家内安全/交通安全のお札購入と標準のルーチンを済ませた。本年は、東松山市の月例市民ウーキングに参加し、大岡地区の大雷神社/上岡観音/光福寺、唐子地区の唐子神社/神戸神社、および、平野地区の八雲神社/熊野神社/覚性寺にも参拝した。また、「郷土探訪」との位置づけで、正法寺(岩殿観音)と萩日吉神社(ときがわ町)にも参拝した。